ニッポンの美しきモノ作りとエルゴポックの哲学“本質を極める”という共通言語を有して

コラム vol.03
鍋島

さて、vol.02のザ・ひらまつ ホテルズ&リゾーツ 熱海に続き、本コーナーでは、日本の美しいもの、本質を追求するさまざまな事柄、豊かな生活をテーマに連載をできたらと思っています。月一でみなさまに豊かな生活への小さなヒントをお届けできればと思います。

最近は和食料理屋だけでなく、フレンチやフュージョン料理のレストランでも日本酒をよく目にします。京都のアップカミングな人気フレンチレストランでも日本酒とフランス料理のペアリングを体験しました。フレンチレストランで出される日本酒は本当にスタイリッシュ。グラスはもちろん、プレゼンテーションで日本酒がとってもクールなお酒として供されています。日本各地の酒蔵を訪れると、とても真摯な姿勢で日本酒造りが行なわれていることに心打をたれます。なめらかな喉越しで人々を魅了する日本酒造りには、日本人ならではの繊細なモノ作りの技が隠されていました。

ラブコールが絶えない
歴史ある酒蔵の稀少な一本

日本酒が造られている酒蔵というと、水が奇麗な土地にあり、昔ながらの製法で丹誠込めて醸造されていることを想像します。もちろんそこに誤りはないものの、いざ実際に酒蔵を訪れてみると、酒蔵のスタイリッシュさに驚きます。東京ではなかなか飲むことのできない稀少な日本酒、佐賀県の「鍋島」(富久千代酒造)もその例に漏れません。有明海に面した佐賀県鹿島市浜町に蔵を構える鍋島は、多良岳山系からの良質な地下水と日本酒を醸造するのに適した土壌に恵まれた場所で作られています。創業は1899年。江戸時代の宿場の雰囲気をもった蔵はモダンにリノベーションされ、昔ながらの柱などはそのままに、インテリアはとても現代的。日本人の目から見てもとてもクールで、ここから日本が誇るお酒ができていると思うと誇り高い気持ちになるのでした。ガラス張りの部屋に大きな木製のテーブルが配されたショールームなどは、ここが日本酒の酒蔵だということを忘れてしまうほど。

ピンチをチャンスに変えた
ニッポンの酒蔵

手の行き届いた酒蔵になかなか手に入らないプレミアム感が印象の鍋島ですが、万年ビジネスが順調だったわけではないと言います。創業者から日本酒造りを引き継いだ現社長の試行錯誤により、記憶に残る“地の酒”造りがスタート。地域密着を掲げて酒造りに邁進し、試行錯誤の結果、1998年に鍋島がデビューしました。

デビュー後、いざ鍋島を販売すると、一升瓶で2000円〜2500円の商品は地元のお客様になかなか手に取ってもらえず苦戦が続きました。丹誠込めて作り上げた日本酒の育てていくことの難しさを痛感し、富久千代酒造の会社経営も長年苦戦が続いたと言います。低迷期を経て東京進出を果たし、徐々に鍋島の認知度が上昇。今ではクオリティの高さにラブコールが絶えないほどに。最近では安定供給、大量生産のために杜氏のいない酒蔵もあるほど。ですが、伝統的な手法に乗っ取り、手塩にかけてそだてた日本酒にはパワーがある。地方の酒蔵は、どん底を経験したからこそ今がある。ピンチをチャンスに変えられた酒蔵だからこそ、我が子のように育てた日本酒が日本中、世界中から愛されています。

日本から世界へ
伝統的な酒造りに賞賛の声

家族経営によって代替わりが進む酒蔵では、昨今二代目が陣頭指揮を取るケースも増えてきているそうです。海外留学などを経た第二世代は世界での日本酒の立ち位置や希少性を理解しているだけあり、伝統的な日本酒造りに今の風を取り込んでいます。ニューヨークやパリでも日本酒バー “Japanese SAKE bar”が人気を博しています。製造量や保存状態など、まだまだハードルも高く輸出に関しては課題も多いところですが、昨今のインバウンド需要により、日本へ来る海外ツーリストからも日本酒が注目を集めています。日本人として誇り高きことですよね。地方に足を運んだ際は、そこで造られている酒を味わい、文化を理解する。小さな作り手のお酒が世界へ羽ばたいて行くことは嬉しい事です。

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